2022

05.18

INTERVIEW

ポスターとの出会い / 菊地敦己

ポスターを認識した最初の記憶、若い頃に影響を受けた作品、自身がポスターと対峙したエピソードまで、「ポスターとの出会い」をテーマに、今回“POSTERS”に出品するグラフィックデザイナーの皆さんにお話を聞きました。

僕は予備校こそグラフィックデザインだったのですが、大学は彫刻科に進みました。ただ、彫刻科に在籍しながら、グラフィックの公募展に応募したりしていました。昔からすぐに違うことをやりたくなってしまうんですよ。当時(90年代半ば)は、そういった公募展に活力があった最後の時期で、アートとデザイン、イラストレーションが渾然一体となった、独特な作品発表の場として機能してました。ちょうどバブルが弾けた頃で、華やかだった70~80年代の広告ポスターの世界とはまた違う、より個人的な作品をつくるような感覚がグラフィックデザインにもあったような気がします。僕はもともとアートを志望していたし、大学では立体作品をつくっていたので、自分にとっては自然な感覚だったのですが。

大学1年の時に、イラストレーション誌の「ザ・チョイス展」に入選したのですが、その時の審査員が仲條正義さんだったんです。仲條さんは、「ザ・チョイス大賞展」の広告ポスターを手がけられたりもしていて、それがとにかくかっこよくて、こんな人がいるのであればグラフィックデザインもいいなと思っていました。当時はデザインの意味がどうこうというよりも、ただ造形のかっこよさに惹かれていた感じですね。

きくちあつき「Planet-garden(記憶)」「Planet-garden(窓)」(1995) ※左頁中央
仲條正義「ザ・チョイス大賞展」ポスター(1994)

その頃は、彫刻とグラフィックの制作を併走させていたのですが、当時のアート業界は今と比べたら全然地味で、正直あまり魅力的に感じられなかったんです。それに比べて、雑誌が元気だったこともあって、印刷メディアは魅力的でしたね。いくつかグラフィック系の公募展に入選したこともあって、“俺いけるんじゃないの”と調子に乗って(笑)、グラフィックデザインの領域に入っていった感じです。大学の2年目に友人たちとデザイン事務所を始めたり、「スタジオ食堂」というアーティスト・ラン・スペースの活動に参加したりで、デザインとアートの領域がごったになった感じの中でバタバタと活動していました。結局、大学は3年に上がる前に中退してしまうのですが。

あとは、天から急に降ってきたMacintoshとInternetの存在も大きかったですね。すごい武器を手にしたような無敵感がありました。まずは手探りで事務所のホームページを作ったりしていましたが、当時ホームページを持っているグラフィックデザイナーがほとんどいなくて、ヤフー検索すると自分たちのページが上位にくるんですよ。このフィールド、広い空き地があるなーって思っていましたね(笑)。90年代は、DTPの表現がサブカルの新しい潮流になっていて、立花ハジメさんや松本弦人さんが脚光を浴びていました。だから、僕にとってのポスターって、DTP表現のアウトプットの媒体というのが一番リアリティがあります。

印刷で言うと、僕にとって大きな出会いだったのがGRAPHです。1999年に佐賀町エキジビット・スペースでの展覧会のキュレーションを担当したときに、ポスターを北川一成さんにお願いしたのが最初のご縁です。GRAPHの表現的な印刷は衝撃的で、特色インキのこだわりやオフセットやシルク、活版などの多様な印刷手法だったり、印刷にできることの可能性をいろいろと勉強させてもらいました。よく現場に立ち会いに行って、質問ぜめにしたりしてました。

菊地敦己「サリー・スコット」ポスター(2007~2008)

僕は、DTPへの変わり目にデザインの仕事を始めたのですが、どこか印刷の出来が均質化している物足りなさを感じていました。もともと絵の具で描いたり、彫刻もそうですが、物としての作品をつくっていたので、印刷でももっと物質的な表現がしたいという欲求がありました。当時グラフィックを手がけていた、ミナ(ミナ・ペルホネンの前身)やサリー・スコットなどのブランドが工芸的な重さのあるテキスタイルが特徴だったこともあって、特に 2000年代につくったポスターは、ほとんど特色を使っていましたし、印刷の質量を大事にしていました。近年は、質感に頼ることがだんだん恥ずかしくなってきて、ここ10年ぐらいはどんどんオーソドックスな印刷になってきています。今になって 4色の網掛けの良さを感じたり、コート紙の優秀さに感動したりしています(笑)。

菊地敦己「サリー・スコット」ポスター 2016 Spring(右)2018 Summer(左)
サリー・スコットのホームページでは、菊地さんが手がけたポスターのアーカイブが見られる。
https://www.sallyscott.com/graphics

印象に残っている自作のポスターだと、音楽家の蓮沼執太さん企画の音楽イベント「MUSIC TODAY LAFORET」のポスターは楽しい仕事でした。ミュージシャン自身が企画しているものだったのでクライアントからの要望みたいなものは一切なくて、いわばライブに参加するミュージシャンと横並びのような感覚で、自由にやりました。そもそもほかの仕事でも僕は、クライアントのサービスやイメージをデザインに集約しようという気持ちはさらさらないんです。一般的にブランディングとかいうと、クライアントの商品やサービスを整理したり象徴することのように言われますけど、個人的にはそれははちょっとおこがましいような気がしちゃうんです。俯瞰した視点でつくるより、商品の隣に並列するものをつくって、その関係で活動が活性するようなことをやりたいですね。

そういった意味では、サリー・スコットは良い関係性で取り組めた仕事です。残念ながら2022年2月で新しいコレクションの発表は終了しましたが、2002年のブランドの立ち上げから20年間、季節毎のコレクションに合わせて約60枚のポスターをつくりました。長期に関わる仕事だと、一貫して変わらない部分と毎回違う新しい部分が必要だと思っているのですが、サリーのポスターはわりにヘンテコなことをやっていましたね。毎回大勢にウケなくても良いというか、予定調和ではない異物が あることでブランドに刺激を与えられたら良いなと思ってつくっていました。今回のはそんなに好きじゃないとか「何これ?」とか、違和感があるからこそ生まれるお客さんと関係が、結構大切な気がしています。毎年新しい手法やらテーマを考案するのは大変なんですが、やり甲斐はありました。

菊地敦己「MUSIC TODAY LAFORET」ポスター(2012)

昔は印刷物というと大量生産で無限につくれるようなイメージがありました。いまはデータは無限にコピーが可能で、サイズにも制限がないベクターデータのような拡張性がある画像にも慣れてしまったことで、数量を決めてつくる印刷に有限性を感じます。良くも悪しくも、印刷物にクラフト的な希少性を感じるようになりました。情報やイメージを伝えて一定期間で捨てられていたポスターが、所有する「物」として扱われることが多くなってきました。僕は相変わらず紙の仕事も多くて、本とかチラシやポスターをつくる機会はむしろ増えています。たまに今の時代にこれ本当にいるの?と思うときもありますが(笑)、印刷物がこれからどんな意味を持っていくのか観察していきたいと思っています。

菊地敦己のポスターを見る